【名言】アントニオ猪木の詩『道』に学ぶ「この道を行けばどうなるものか…」元ネタは?引退スピーチの素晴らしい格言も

2022年3月8日

道・アントニオ猪木の詩に学ぶの文字

アントニオ猪木さんの詩『道』は、不安で一歩踏み出すことができないときに勇気を与え背中を押してくれる名言です。

この記事では、

  • アントニオ猪木さんの詩『道』全文
  • 引退スピーチでは『道』の他にも名言がある
  • 『道』の元ネタとなった詩は?
  • アントニオ猪木さんの人物略歴

を紹介します。




「この道を行けばどうなるものか…」アントニオ猪木が引退のときに朗読した詩『道』

元プロレスラーのアントニオ猪木さんの詩で『道』があります。

『道』

この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せば
その一足が道となり
その一足が道となる
迷わずいけよ
行けばわかるさ

この詩は、アントニオ猪木さんがプロレスラーを引退するときに朗読した詩です。

アントニオ猪木という、プロレスの歴史に名を刻むレスラーが残した言葉であり、プロレス好きのタレントさんがモノマネをしながらこの詩を朗読したこともあり、有名な詩となっています。

「この道を行けばどうなるものか」から始まるこの詩は、不安で踏み出せないときに勇気を与えてくれる名言でもあります。




アントニオ猪木さんの詩『道』は迷った時、踏み出せないときに背中を押してくれる名言

新しいことを始める時や、状況を変えるために行動を起こす時、人間は迷ったり不安を感じます。

この選択は正しいのだろうか。

このやり方で正しいのだろうか。

本当にうまくいくのか。

失敗したらどうしよう。

怖くなってしまい、一歩踏み出すことができなくなります。

アントニオ猪木さんの『道』は、そんなときに一歩踏み出す勇気を与えてくれます。

背中を押してくれます。

不安で怖くて、踏み出せなければ、その先に道は無い。

踏み出せば、そこに道ができていく。

迷わずに、行けばわかる。

自分の選択が正しかったのかどうか、自分の行動が良かったのかどうか、成功だったのか、失敗だったのか。

それは、やってみないとわからないのです。

後から振り返ってみて、あの時の自分の選択や行動が正しかったのか間違っていたのがわかるのです。

だれだって、失敗したくはありません。間違えたくもありません。

だけど、一歩踏み出さなければ、何も無いのです。成功も失敗もありません。

アントニオ猪木さんの『道』は、踏み出したいけど踏み出せないときに自分を応援し勇気を与えてくれる素晴らしい名言です。




詩『道』だけでなく、猪木引退のスピーチ全体が素晴らしい

アントニオ猪木さんの詩『道』は、ぜひ皆さんに覚えていてもらいたい名言ですし、僕自身も大好きな詩です。

1998年(平成10年)4月4日、アントニオ猪木さんはプロレスラーを引退しました。

東京ドームで最後の試合が行われ、その後に引退のスピーチがありました。

『道』は、その際にアントニオ猪木さんが最後のメッセージとしてファンに贈ったものです。

しかし、詩『道』だけでなく、引退のスピーチでは他にも名言があります。

闘魂とは

引退のスピーチでは、アントニオ猪木さんがブラジルで力道山にスカウトされたことから始まります。

そして、アントニオ猪木さんが「燃える闘魂」と呼ばれたことに対し、

闘魂とは己に打ち勝つこと。

そして、戦いを通じて己の魂を磨いて行くことだと思います。

と言っています。

これも、ぜひ記憶に留めておきたい名言です。




『道』を詠むの直前の言葉

そして、アントニオ猪木さんの最後のメッセージとして、『道』が朗読されるのですが、その前の言葉も名言です。

最後に、私から皆様にメッセージを贈りたいと思います。

人は歩みを止めたときに

そして

挑戦を諦めたときに

年老いて行くのだと思います。

この道を行けばどうなるものか

危ぶむなかれ

危ぶめば道はなし

踏み出せば

その一足が道となり

その一足が道となる

迷わずいけよ

行けばわかるさ

ありがとぉーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!

 

『道』の詩の前の部分の

人は歩みを止めたときに

そして

挑戦を諦めたときに

年老いて行くのだと思います。

これも名言。

歩みを止めたとき、挑戦を諦めたとき、人は年老いていくというこの言葉も、覚えておきたい名言です。

僕は、『道』だけでなく、闘魂についての部分も、歩み・挑戦についての言葉も大好きで大切にしたいと思っています。

(個人的には最後の「ありがと---!!!!!」も含めて名言)

アントニオ猪木さんの他の詩については、『猪木詩集「馬鹿になれ」』で見ることができます。

『道』の元となっているのは、一休宗純ではなく清沢哲夫さんの言葉

アントニオ猪木さんの『道』には元ネタがあり、アントニオ猪木さん自身は「一休宗純の言葉」として紹介したという記録があります。

一休宗純は室町時代の僧で、とんちで有名な「一休さん」のモデルになった人物です。

これは違っていて、アントニオ猪木さんの『道』の元となったであろう文章は清沢哲夫さんのものです。

清沢哲夫さんは宗教家・哲学者であり、大谷大学の助教授を務めた方です。

晩年は石川県白山市の明達寺のご住職でありました。

清沢哲夫さんは後に暁烏哲夫(あけがらすてつお)と改名しました。

清沢哲夫-Wikipedia

清沢哲夫さんの著書『無常断章』に載っている詩がアントニオ猪木さんの『道』の元となっています。

「道」
此の道を行けば どうなるのかと 危ぶむなかれ
危ぶめば 道はなし
ふみ出せば その一足が 道となる その一足が 道である
わからなくても 歩いて行け 行けば わかるよ

清沢哲夫 『無常断章』より

アントニオ猪木さんの引退のメッセージの『道』は、清沢哲夫さんの詩を引用し、一部改変したものだということがわかりますね。




アントニオ猪木という人物について(略歴)

ここで、アントニオ猪木という人物について紹介します。(若い方はプロレスラーであったことも知らないかもしれませんね)

アントニオ猪木:本名は猪木寛至(いのき かんじ)。

元プロレスラー・実業家・政治家。

1943年(昭和18年)2月20日生まれ。

神奈川県横浜市鶴見区出身。

13歳の時に家族でブラジルに渡り、コーヒー豆の収穫などの労働をした。

ブラジルでは陸上選手として大会にも出場。

日本プロレス入団

1960年(昭和35年)にブラジル遠征中の力道山(日本プロレスの設立者でありプロレスブームの立役者)にスカウトされ日本プロレスに入団。

1960年(昭和35年)9月30日、本名でデビュー戦(ジャイアント馬場と同じ日にデビュー)

デビューの日については9月30日って何の日?雑学・記念日・出来事・有名人誕生日【世界翻訳デー・くるみの日・猪木&馬場デビュー戦など】でも取り上げています。。

1962年(昭和37年)にリングネームをアントニオ猪木に改名。

アメリカ修行後、1966年(昭和41年)に日本プロレスから離脱し、東京プロレスを設立するが3ヶ月で破産。日本プロレスに戻る。

ジャイアント馬場とのタッグチームBI砲としてもシングルでも活躍するが、日本プロレスとの確執から1971年(昭和46年)に追放される。

新日本プロレス旗揚げ

1972年(昭和47年)に新日本プロレスを旗揚げ。

プロレスこそ全ての格闘技の頂点であるという「ストロングスタイル」を掲げる。

1976年(昭和51年)6月26日にモハメド・アリとの異種格闘技戦が行われた。

1982年(昭和57年)には猪木監禁事件が発生。

1989年(平成元年)にスポーツ平和党を結成。参議院選挙に出馬し当選、参議院議員となる。

1995年(平成7年)の参議院選挙で落選。

プロレスラー引退

1998年(平成10年)4月4日・東京ドームで引退試合。

2013年(平成25年)に参議院選挙に出馬し当選。18年振りに国政復帰。

2019年(令和元年)に政界引退。

2022年(令和4年)2月20日に79歳の誕生日を迎える。

YouTubeチャンネル:アントニオ猪木「最後の闘魂」

2020年はアントニオ猪木・デビュー60周年のメモリアルイヤーでした

2020年はアントニオ猪木デビュー60周年でした。

それを記念して、『アントニオ猪木デビュー60周年記念Blu-ray BOX』が発売されています。

アントニオ猪木さん自らが選んだ名勝負26試合と、猪木語録名場面傑作集が収録されています。

プロレスラーとしてのアントニオ猪木をご存知ない若い世代の方も、TVでアントニオ猪木を見てきた世代の方にもオススメします。

『昭和40年男 燃える闘魂 アントニオ猪木 2021年12月号』では、かつてアントニオ猪木の付き人を努めた高田延彦さんや、初期の新日本プロレスの実況をした舟橋慶一さんのインタビューが掲載されています。

全盛期のアントニオ猪木を知ることができる一冊です。

最後に

今回は、アントニオ猪木さんの詩『道』について紹介しました。

踏み出す勇気を与えてくれる名言です。

将来やこれからの未来に不安を感じて踏み出せない時には、ぜひこの詩を思い出して欲しいと思います。

アントニオ猪木さんのYouTubeチャンネル:アントニオ猪木「最後の闘魂」では、2022年(令和4年)2月20日に79歳の誕生日を迎えた猪木さんが「生きる」という詩を載せています。

こちらも素敵な詩です。チェックしてみてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

後書き:僕が高校生の時、アントニオ猪木VSビッグバン・ベイダーの試合(『アントニオ猪木デビュー60周年記念Blu-ray BOX』にも収録されてます)を東京ドームで観たことはとても良い思い出となっています。

東京ドームでアントニオ猪木入場曲『『炎のファイター 〜INOKI BOM-BA-YE〜』を聞き、花道のすぐ脇の席からプロレスラー・アントニオ猪木を見たことは一生の思い出となりました。